コストと性能のバランスを考える:LLMのモデル選択
X-tech推進本部 小林生成AIを業務に導入しようと考えた時、悩みどころの1つとしてモデルの選択が挙げられます。
「このモデルは複雑な推論ができるらしいがコストが高い」「このモデルはコストは安いが期待するパフォーマンスを出せるだろうか?」など、考える点が多いだけに最終的には「とりあえず高性能なモデルを使っておけば間違いない」という判断になりがちです。
しかし、利用シーンによって適切なモデルは異なります。
本記事では、AIの利用用途に応じたフラッグシップモデルと軽量モデルの使い分けについて考えます。
※ 本記事では、パラメータ数が多く汎用的で高い表現力を持つ言語モデルを「フラッグシップモデル」、計算資源やコスト効率を重視して設計された言語モデルを「軽量モデル」と呼びます。これらは厳密な技術用語ではなく、設計上の性質を説明するための便宜的な呼称です。例えば、フラッグシップモデルとしてGemini 2.5 Pro、GPT-5、軽量モデルとしてGemini 2.5 Flash Lite、GPT-5 Nanoなどを想定しています。ただし、本記事では特定のモデルの比較・推奨を目的とせず、生成AIを業務に組み込む際のモデル選定をどのように考えるべきかに焦点を当てます。
モデル選びの誤解
とりあえず高性能な言語モデルを使えば安心?
生成AI導入の初期段階では、「一番性能の高いモデルを使っておけば問題ない」という判断がなされがちです。確かに、短期的にはその選択で問題なく機能するかもしれません。しかし、この考え方には2つの見落としがあります。
- そのタスクに本当に高度な推論や汎用知識が必要か
- 将来的に処理回数や利用者が増えた場合の影響
この2つがなぜ問題になるかというと、生成AIの利用には必ずコストがかかるためです。ここでいうコストとは、金銭的コストと時間的コストを指します。
一般的に高性能な言語モデルほどAPI利用料とレイテンシが高い傾向があります。性能だけを基準にすると、後からコスト増大による運用負荷が顕在化し、設計を見直す必要が生じることも少なくありません。
軽量モデルは性能が低い?
軽量モデルは「性能を落としたモデル」と誤解されることがあります。しかし、実際には用途が限定されている場合に性能を最適化したモデルと捉えた方がよいでしょう。
軽量モデルがフラッグシップモデルと同等の実用性能を示すケースとして報告されているものには、分類や抽出といった処理があります。例えば、以下のようなタスクでは軽量モデルでも実用上十分な性能が得られる可能性が高いです。
- テキスト分類(カテゴリ分類、感情判定、ラベル付け)
- 情報抽出(固有表現、数値、日時など)
- 定型的な要約や短文生成
- 限定領域のFAQ応答
- エージェント内部の単純な判断処理
システム全体で1つのモデルを選ぶ必要がある?
モデル選定を考える際、システム全体で単一のモデルを採用する前提で議論されることがあります。しかし、実際には生成AIを用いたシステムは、複数の機能から構成されています。例えば、次のような機能です。
- 入力文の分類
- 情報の抽出
- 会話の流れを制御するための判断(次に実行する処理の選択など)
- 利用者への最終応答
これらの機能は求められる性質が異なり、すべての機能で同じモデルである必要はありません。機能単位でモデル規模を考えることで、過剰な性能を避け、設計を最適化することができます。
モデル選定を考えるための3つの視点―社内チャットボットを例に
ここまで、必ずしもフラッグシップモデルを選ぶのが最適とは限らないことについて説明しました。それでは、実際にモデルを選定する際にはどのような視点で考えればよいのでしょうか。
基本的にはOpenAIのModel selectionのドキュメントに示されているように、用途や要件に応じて必要な性能とコストのバランスを考慮することが重要になります。
この考え方を踏まえた上で、ここからは「社内チャットボット」の各機能を例に、軽量モデルで十分か、フラッグシップモデルが必要かについて3つの視点から整理します。
「処理」か「推論」か
1つ目の視点は、そのタスクが単なる処理に近いのか、推論を必要とするのかという点です。
ここでいう「推論」とは、単に文章を生成することではなく、与えられた情報や前提条件を踏まえて、理由や結論を導き出したり、複数の条件を組み合わせて判断したりする処理を指します。
- 処理に近い機能
- 入力された問い合わせがどの部署向けかを判定する
- 質問文から「申請」「経費」「勤怠」といったカテゴリを付与する
- 問い合わせ文から日付・金額・申請番号を抽出する
これらは本質的に分類や抽出の問題であり、複雑な因果推論や高度な文脈理解は求められません。このような場合、軽量モデルでも十分な精度が得られる可能性が高いです。
- 推論に近い機能
- ある規程が適用される理由を説明する
- 複数の社内ルールを横断して判断する
- 前提条件を踏まえて例外的なケースを説明する
このような機能では、文脈の保持や説明能力が重要になり、フラッグシップモデルの強みが活きやすいといえます。
必要な知識の範囲
2つ目の視点は、そのタスクが必要とする知識範囲(限定された知識でよいのか、世界中の広範な知識が必要か)です。
- 知識範囲が限定されているケース
- 社内規程、マニュアル、FAQのみを参照する
- 製品仕様や業務ルールが明確に決まっている
- 外部の一般知識をほとんど使わない
このような場合、知識ドキュメントが構造化された形で整理されている必要はありますが、モデル自体が膨大な知識を持っている必要はありません。
軽量モデルでも、限定された情報を前提に十分な性能を発揮できる可能性が高いです。
- 知識範囲が広いケース
- 一般的な業界知識や法制度の背景説明
- 社外情報を含めた幅広い質問への対応
- 利用者の質問が想定外の方向に広がる
こうした用途では、フラッグシップモデルならではの汎用性が必要になるでしょう。
どれくらいの頻度で実行されるか
3つ目の視点は、実行頻度です。
- 高頻度・反復的な処理
- すべての問い合わせで毎回行う初期分類
- 入力文の前処理や簡易チェック
- エージェント内部での状態判定や分岐判断
これらは1回あたりの処理は軽くても、回数が増えるほどコストの影響が蓄積していきます。このような部分は、コストを抑えるために軽量モデルの使用を検討する余地があるでしょう。
- 低頻度だが重要な処理
- 利用者への最終回答生成
- 複雑な説明や例外対応
- 人間に近い対話品質が求められる場面
この場合は必要に応じて、多少コストが高くてもフラッグシップモデルを使い出力の品質を高める合理性があります。
おわりに
本記事ではAIモデル選定の際の考え方について紹介しました。
最大規模のモデルを使うことが常に正解なのではなく、タスクの性質、知識範囲、実行頻度といった観点から、適切な規模のモデルを選ぶことが重要になります。
もちろん、実際の性能はタスク設計や前提条件によって左右されるため、事前の検証は不可欠です。
また、今回は基本的に「金銭的・時間的コスト」を抑えるという観点で軽量モデル利用について考えましたが、AI利用による消費電力を抑えるという観点も現在重要視されています。
現状、API利用者がリクエスト単位の消費電力量を正確に把握することは難しいため記事内では扱いませんでしたが、「必要以上に大きなモデルを使わない」という判断をすること自体が、結果として消費電力の抑制につながる可能性があります。今後、消費電力の削減という観点でもAIモデルの選定が大きな意味を持つ時代が来るかもしれません。
日々新たな言語モデルが発表されたり、考える必要のある要素が増えたりする中、モデルの選定に負担を感じることもあるでしょう。
「とりあえず一番性能の高そうなモデルを選んでおけばいいや」と思うこともあるかもしれません。
そんな時に本記事が、「いま必要な機能にとって最適なモデルは何だろう」と考えるきっかけになれば幸いです。