生成AIに渡す前に何を隠すべきか――機密情報マスキングの原則と4つの分類
X-tech推進本部 白AIに送った情報は取り消せない
議事録の要約、メールの校正、提案書の構成案づくりなど、生成AIに業務文書を渡す場面は日常的になりました。一方で、ChatGPTやClaude、Geminiに入力した文章やファイルは社外のサービスに送信されます。一度送った情報は取り消せません。
そこで有効なのが、AIに渡す前に機密情報を記号へ置き換える「マスキング」です。この記事では、マスキングの基本原則とマスクすべきデータの分類、見落としやすいポイントを紹介します。
マスキングとは何か
マスキングとは、送信前に機密情報を<社名_1>や<人名_1>のような記号に置き換え、AIには「中身のない形」だけを渡すことです。例えば「株式会社サンプル商事の佐藤様に見積書を送付する」は「<社名_1>の<人名_1>様に見積書を送付する」になります。
AIは記号のままでも要約・校正・翻訳・構成案の作成ができます。回答に含まれる記号は、手元に残した対応表を使って元の名前に戻します。
マスキングの基本原則
送らないのが最善、送るなら置き換える
まず優先すべき原則はデータ最小化です。AIの作業に不要な固有名詞・連絡先・番号は、そもそも送りません。不要な情報はまず削除するのが最善です。
残す必要がある情報は、削除ではなく記号に置き換えます。文の構造と意味が残るため、AIの回答の質が落ちにくくなります。
同じ値には同じ記号を使う
同じ人物が文書中に3回出てきたら、3回とも<人名_1>にします。「佐藤花子」と「佐藤 花子」(スペースあり)も同一人物として扱います。
「佐藤」と「花子」を別々に扱うと、名字だけ・名前だけが見える「半分だけのマスク」が起きやすく、結果的に情報漏えいにつながります。また記号がばらつくとAIが別人と誤解し、復元するときにも混乱してしまいます。
漏れなくマスクする
文書中に1箇所でもマスクし忘れた社名があれば、その社名は漏えいしてしまいます。ある箇所で見つけた名前は、文書中のすべての出現箇所をマスクする必要があります。
迷ったらマスク、ただし公開情報は残す
過剰なマスクはAIの回答が少し不自然になるだけですが、漏れは取り返せません。迷ったらマスクするのが原則です。
とはいえ、何でも隠すと文書の意味が伝わらなくなり、AIに渡す意味が薄れます。規格名などの公開情報はマスクしない、という線引きで両立させます。
文脈による特定に注意する
社名を記号にしても、「創業100年を迎えた県内唯一の老舗酒蔵」のような説明があれば、相手を特定できてしまいます。固有名詞以外の「特定につながる説明」は、人が判断して書き換える必要があります。
対応表も機密情報として扱う
記号と元の名前の一覧である対応表は、元の情報そのものです。AIに渡さない、社外に送らない、共有フォルダに放置しないことを徹底し、不要になったら削除します。
マスクすべきデータの4分類
どの情報をどう扱うかは、次の4つに分類して判断します。
| 分類 | 扱い | 主な例 |
|---|---|---|
| A | 送信前に削除する | クレジットカード番号、マイナンバー、パスワード・APIキー・秘密鍵、要配慮個人情報、銀行口座番号、パスポート番号、運転免許証番号 |
| B | マスクしてから送る | 人名、メールアドレス、電話番号、住所、生年月日、社員番号・顧客番号、取引先の社名、未公開の製品名・プロジェクト名、未公開の金額・数値、社内システムのURL・IPアドレス |
| C | 内容や文脈に応じて判断する | 部署名、役職名、URL、日付、数量・比率 |
| D | マスクしない | 一般に公開されている情報(規格・制度の名前、製品・サービス名)、書類の項目名、一般語、敬称 |
Aはマスクではなく削除します。パスワード、APIキー、クレジットカード番号、口座番号などは、値そのものが漏れると被害が大きく、要約や校正に使う必要もありません。記号に置き換えると対応表に値が残り、マスキング漏れのリスクもかなり高いです。
特にマイナンバーと要配慮個人情報は、扱うこと自体が制限されています。マイナンバー法はマイナンバーの利用目的外の提供・収集を厳しく制限していますし、個人情報保護法でも、病歴や信条、犯罪歴などの要配慮個人情報の取得には原則として本人の同意を求めるなど、慎重な取り扱いを定めています。いずれの情報もAIの作業に必要になることはまずありません。
Cは組み合わせ次第です。「営業部」だけなら通常マスクは不要ですが、社名と組み合わさると特定につながる可能性があります。日付も通常は不要ですが、生年月日や未公開の発表日はBとして扱います。
Dを隠さないことも重要です。WCAG、JIS X 8341-3、Googleアナリティクスなどの固有名詞や、「氏名」「担当者様」などの項目名・一般語まで隠すと、文書の意味が失われAIの回答の質が下がります。特定につながらない役職や敬称も記号の外に残し、「<人名_1>部長」のように文脈を保ちます。
見落としやすいポイント
マスクの漏れは、表記が揃っていない箇所や本文以外の場所で起きやすくなります。送信前には、次の点を重点的に確認しましょう。
- 氏名の表記ゆれ:「佐藤 花子」のようなスペース入りの表記、「部長佐藤花子」のように役職とつながった表記、カタカナやローマ字の表記
- 社名の書き方:「株式会社サンプル商事」「サンプル商事(株)」のような法人格の位置の違い、法人格の付かない屋号や略称
- 固有名詞以外の手がかり:メールアドレスのドメインやURLに含まれる社名、住所、生年月日
- 本文以外の場所:画像やスキャンしたPDF、Wordのコメントや脚注、Excelのシート名やグラフ、ファイル名やファイルのプロパティ
- PDFからコピーした文章:不要な改行が含まれることで「株式 会社」のように単語が分断され、検索や置換で見つけにくくなる
例えば、次のようなメールの下書きをAIに校正してもらう場合を考えます。
株式会社サンプル商事
営業部 佐藤 花子様
いつもお世話になっております。先日ご相談いただいた新サービス「プロジェクトK」の見積書をお送りします。
ご不明な点があれば、担当の鈴木(suzuki@example.co.jp)までご連絡ください。
サンプル商事様のご期待に沿えるよう尽力いたします。
社名と氏名だけを置き換えた結果が次の例です。
<社名_1>
営業部 <人名_1>様
いつもお世話になっております。先日ご相談いただいた新サービス「プロジェクトK」の見積書をお送りします。
ご不明な点があれば、担当の<人名_2>(suzuki@example.co.jp)までご連絡ください。
サンプル商事様のご期待に沿えるよう尽力いたします。
一見マスクできているようですが、3つの漏れが残っています。
- 未公開のプロジェクト名「プロジェクトK」が残っている
- メールアドレス「suzuki@example.co.jp」が残っている
- 社名「サンプル商事様」が残っている
いずれも<プロジェクト名_1>、<メール_1>、<社名_1>のように置き換えが必要です。
AIの回答を復元するときの注意
AIは回答の中で記号を書き換えることがあります。<人名_1>が「人名1」や「<人名1>」になったり、「<人名_1>さん」が「担当者さん」に言い換えられたりすると、復元がうまくいかなくなってしまいます。復元した後は、記号が文中に残っていないかを検索して確かめましょう。
AIが「<社名_1>の正式名称を教えてください」のように、元の情報を尋ねてくることもあります。答えてしまうとせっかくマスクした情報が漏えいしてしまいますので、その場合も答えず、記号のまま作業を続けるよう指示します。
対応表をAIに渡して元に戻させる方法も、それまでのマスクが無意味になるため避けましょう。
マスキングの運用ルールを決めて共有する
マスキングを確実に行うには、チームで運用ルールを決めておくと効果的です。
- AIに送信する前にマスクし、結果を目で確認する(特に人名・社名・住所・数値)
- 分類Aの情報はマスクではなく削除する
- 対応表はAIに渡さず、必要な間だけ保存して終わったら削除する
- 取引先名など繰り返し出てくる語は、マスク対象の一覧としてチーム内で共有する
まとめ
生成AIを業務で使う以上、情報をどこまで渡すかの判断は避けられません。
マスキングはAIの利便性を保ったまま情報を守る有効な手段ですが、それだけで安全が保証されるわけではありません。
不要な情報は送らない、迷ったら隠す、文脈による特定に気を配る、そして最後は自分の目で確認する。この原則を押さえることが、AIを安全に業務へ取り入れる前提になると考えます。