歴史は繰り返すか:AIコミュニケーションを織り上げるMCP
代表取締役(CTO) 藤田 拓技術投資会社BONDが2025年5月に発表したAIトレンドレポート(AI Trends Report 2025)に掲載された、米国のコンピューティング関連特許の年間認可数に関するデータが極めて興味深いパターンを示しています。コンピューティング関連特許の急激な増加がWeb黎明期とAI黎明期で驚くほど類似したタイミングで起きているのです。
1995年から2003年の8年間で6,300件の特許が新たに認可された後、2004年から2022年の18年間では1,000件の増加に留まりました。しかし2023年から2024年のわずか1年間で再び6,000件もの特許が認可されています。これらの数字は直接的な因果関係を示すものではありませんが、インターネット/Web技術の普及期とAI技術の普及期に時期的に符合しており、技術革新のサイクルが繰り返されている可能性を示唆しているように私には思えます。
プロトコルが編む新世界
まずWebの始まりについて軽く触れましょう。1989年、CERN(欧州原子核研究機構)で働いていたWebの創始者Tim Berners-Leeは研究者間での情報共有の深刻な課題に直面していました。異なる大学から集まった物理学者たちがそれぞれ異なるコンピューターシステムやソフトウェアを使用しているため、貴重な研究成果やデータを効率的に共有する手段がなかったのです。
この状況を打開するため、彼はハイパーテキストとインターネットを結びつけるという画期的なアイデアを提案し、1990年、HTTPというシンプルなプロトコルがWebの扉を開いたのです。サーバーとブラウザが共通言語で対話できるようになり、誰もがWebサイトを作り情報を共有できる世界を実現しました。
そして今、MCPという新たなプロトコルが似た役割を果たそうとしています。Model Context Protocol(MCP)は、2024年にAnthropic社が中心となって提唱した、AI/LLMが外部システムと安全に連携するための標準的な通信仕様です。既にOpenAI、Google、Microsoftといった主要AIベンダーが注目し、それぞれのAI環境において実装を進めています。
MCPは、AI が様々なデータソースやアプリケーションに統一的にアクセスできる「共通仕様」であり、アプリケーション間の壁を取り払う手助けをしてくれます。HTTPがWebサイト間の情報共有を標準化したように、MCPはAIとの連携を民主化し、誰でも簡単にAIを既存システムと組み合わせられる世界を作ってくれるかもしれません。
「Web を織り上げる」という思想の継承
Tim Berners-Leeは著書「Weaving the Web」で、Webを単なる技術的な発明ではなく、人類の知識と創造性を「織り上げる」(weaving)ものとして描きました。彼が描いたのは、情報が有機的につながり合い新たな価値を生み出し続ける世界です。この思想は、現在のAI時代においても極めて重要な指針となるでしょう。
MCPもまた、異なるAIシステム、データソース、アプリケーションを「織り上げ」、これまで不可能だった複雑な連携を可能にしようとしています。Berners-Leeがインターネットにハイパーテキストを重ね合わせたように、MCPはAI時代のコミュニケーション基盤を構築する可能性を秘めています。
黎明期の共通点と熱狂
どちらの時代も、技術的な可能性への熱狂と混沌が共存していました。1990年代後半から2000年代初期、「とりあえずWebサイトを作らなければ」という企業が溢れ、見た目は華やかでも使いにくいサイトが量産されました。品質やユーザビリティは二の次で「存在すること」自体に価値がある時代であったように、今は思えます。
現在も似たような現象が起きています。「とりあえずAIを導入しなければ」という声が聞こえ、ChatGPTの登場から2年足らずであらゆる業界でAI活用の実験が始まっています。両時代に共通するのは、新技術への期待と不安が入り混じった独特の高揚感です。
MCPへの懸念
また、MCPの普及には見逃せないセキュリティ上の懸念もあります。マイクロソフト社が2025年5月にWindows 11でのMCP対応を発表した際の公式ブログ記事「Securing the Model Context Protocol: Building a safer agentic future on Windows」でマイクロソフト社のDavid Westonが公表した分析は、この技術の潜在的なリスクの深刻さを浮き彫りにしています。
彼が指摘するように、「単純なチャットアプリケーションでは、プロンプトインジェクションの影響はジェイルブレイクやメモリデータの漏洩程度だが、MCPでは完全なリモートコード実行(最高深刻度の攻撃)になる可能性がある」のです。
具体的な脅威として、クロスプロンプト・インジェクション(XPIA)、認証ギャップ、認証情報漏洩、ツールポイズニング、封じ込めの欠如、限定的なセキュリティレビュー、レジストリとMCPサプライチェーンリスク、コマンドインジェクションといった新たな脅威ベクトルが挙げられています。
ミツエーリンクスとしてのこれから
ミツエーリンクスは1994年からWeb業界の変遷を見つめてきました。当時、HTMLの手打ちから始まった制作手法は、Web標準やアクセシビリティへの取り組み、CMSの普及、レスポンシブデザインの標準化、そして今、AIとの協働へと進化しています。
この30年の経験から学んだ最も重要な教訓は、技術の波に翻弄されるのではなく、その本質を理解し人々の真のニーズに応えることです。HTTPがWebサイトの価値を決めたのではなく、そこに込められたコンテンツと体験が価値を生んだように、MCPもまた手段に過ぎません。
重要なのはプロトコルそのものではなく、それによって実現される「つながり」です。Berners-Leeが「情報の民主化」を目指したように、私たちも「AIとの協働の民主化」を通じて真に価値ある体験を創造していきたいと思います。
Web黎明期に奮闘した経験を活かし、技術の可能性を最大限に引き出しながら、人間中心の価値創造を続けていく。それが、30年の歳月を重ねた私たちの使命です。
Berners-Leeは「This is for everyone(これは皆のために)」という言葉でWebの精神を表現しました。AI時代においてもこの精神を受け継ぎ、技術が特定の企業や個人のためではなく社会全体の利益となるよう導いていく責任があります。
私たちミツエーリンクスは、皆様と共にぜひ価値ある次世代のデジタル体験を創造できればと考えております。
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