国交省の公共交通機関ガイドライン

アクセシビリティ・エンジニア 中村(直)

この記事は、ミツエーリンクスアドベントカレンダー2019 - Qiitaの9日目の記事です。

2019年10月、国土交通省は公共交通機関の移動等円滑化整備ガイドライン(通称:バリアフリー整備ガイドライン)の改訂を行いました(報道発表資料)。

このガイドラインは、公共交通機関(鉄道、バス、旅客船、航空機)について、旅客施設と車両などに対して、主にハード面からどのように交通アクセシビリティを確保すればよいのかについて、重点的に取り扱ってきたものでした。今回の改訂では、第5部「情報提供のアクセシビリティ確保に向けたガイドライン」が新設され、その中の「1.ウェブアクセシビリティについて」「①ウェブサイト等による情報提供」には「考え方」と「ガイドライン」がそれぞれ次のように記載されています。

考え方

障害者等にとって、円滑に旅客施設を利用するためにエレベーターやトイレ等の設備の設置状況や設置位置、受けられるサービスの内容等について、ウェブサイト等により事前に情報を収集することが重要となる。
ウェブサイトについては、文字の大きさ、色使い、コントラスト等の見やすさや、画像、映像、音声情報などを活用した情報の把握のしやすさ、操作のしやすさ等に配慮するとともに、サイト全体としての使いやすさを考慮した構成を検討する必要がある。加えて、障害者や高齢者等を含めた誰もがウェブサイト等で提供される情報や機能を支障なく利用出来るようにするため、ウェブアクセシビリティについての対応も重要となる。
「みんなの公共サイト運用ガイドライン」(総務省)では、公的機関はウェブアクセシビリティに関する日本産業規格である JIS X 8341-3:2016 の適合レベル「AA」に準拠することが求められている。そのため、公共交通事業者等のウェブサイトにおいても、レベル「AA」に準拠することを基本とする。また、レベル「AAA」についても、公共交通事業者等として対応が必要であると考えられる項目については取り組むことが望ましい。
なお、アクセシビリティの確保はウェブコンテンツ全般について求められるものである。公共交通事業者等はウェブアクセシビリティ確保の目標と計画を定め、確実に取り組むことが必要である。また、ガイドラインの趣旨は、各項目の基準に準拠することが目的ではなく、技術上の問題等で記載内容の通りに対応できないものについては、代替手段を検討し利用者の目的を達成することが重要である。

ガイドライン
◎:移動等円滑化基準に基づく整備内容(義務)、○:標準的な整備内容、◇:望ましい整備内容

アクセシビリティ
○障害者等が円滑にウェブサイト等を利用し必要な情報を得られるようにするために、JIS X 8341-3:2016 に基づき、ウェブアクセシビリティを確保する。

端的に言ってしまえば、JIS X 8341-3:2016適合レベルAA準拠+追加する達成基準について取り組むことが言及されています。バリアフリー整備ガイドラインでの「○:標準的な整備内容」の位置付けが「社会的な変化や利用の要請に合わせた整備内容で、積極的に整備を行うことが求められる」とされているので、義務的なものはありません。しかし、このガイドラインに書かれていることのすべてを満たそうとすると、みんなの公共サイト運用ガイドライン(2016年版)で国・地方公共団体に望まれているJIS X 8341-3:2016適合レベルAA準拠以上の対応を行う必要があることになります。Webサイト全体に対して、バリアフリー整備ガイドラインを最終目標とするには、かなり険しい道のりであるということは言えそうです。

その一方で、令和元年度第1回「移動等円滑化のために必要な旅客施設又は車両などの構造及び設備に関する基準等検討会」で示されていた当初の改訂案では、現在のガイドラインとはやや異なった書きぶりとなっていました。(資料5 ウェブアクセシビリティ確保に向けたガイドラインの改訂(案)

この改訂案では、特に適合レベルAAについて、「基本:優先的に取り組む項目」と「推奨:取り組むことが望ましい項目」にわけられ、段階的に取り組む方策が示されていたのが特徴です。適合レベルAAについて、推奨とされていた達成基準は次の通りです。

JIS X 8341-3:2016の適合レベルAAについては、全部で13の達成基準が示されていますが、そのうちほぼ半分の6つについて、「推奨」とするものでした。これにより、段階的にWebアクセシビリティに取り込んでいこう、という改訂案作成者の意図が見えるものとなっていました。

適合レベルAAをこのように「基本」と「推奨」に分割するのが妥当なのかどうか、というのは議論の余地があるとは思いますが、少なくとも当社での「標準対応」でも音声や動画といったメディアファイルについては、例外としています(ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(WCAG)2.1への標準対応の開始について)。

仮に何もWebアクセシビリティに対応していない段階からこれから取り組みはじめるとして、改訂案の「基本」のみに取り組むことで、動画や音声については後回しにしつつ、適合レベルAと一部の適合レベルAAを達成することが改訂案ではできたわけです。これは妥協的とも取られるかもしれませんが、ある意味では現実的であったと個人的には考えます。

残念ながら「総合的な判断」(国交省担当官談)により、この改訂案どおりにはガイドラインは制定されることはなかったわけですが、もし改訂案どおりに制定されることになっていたならば、JIS X 8341-3:2016適合レベルAAより緩やかなガイドラインが示される可能性もあったわけで、その意味ではやや残念な形になったと個人的には感じています。

とはいえ、公共交通機関に対して、国・地方公共団体と同様に、JIS X 8341-3:2016適合レベルAA準拠を目標とすることが明確に示されたのは間違いありません。公共性の高い民間事業者に対するひとつの指針として、大きな一歩を踏み出したと言えるでしょう。これを機に今後、公共交通機関と同様の公共性の高い事業分野にもWebアクセシビリティをという声がもしかしたら高まるかもしれません。思いつくだけでも、例えば、電気・ガス・通信などのインフラ分野、銀行等の金融分野、大学等の教育分野、病院等の医療分野などといった分野にも国・地方公共団体に準じたWebアクセシビリティが求められる時代が来る......のかもしれません。

この国交省のガイドラインがWebアクセシビリティ界隈にどういう影響を与えるのか、個人的に注目していきたいと思っています。