WCAG 2の達成基準はなぜ3回の閃光なのか

アクセシビリティ・エンジニア 中村(直)

WCAG 2.1では、達成基準2.3.1として3回の閃光、又は閾値以下というものがあります。この3回という回数は何に由来するものなのでしょうか。この達成基準の上位にあたるガイドライン2.3 発作と身体的反応では次のような記載があります。

発作性障害のある利用者は、閃光を放つ視覚的なコンテンツによって発作を引き起こすことがある。ほとんどの利用者は、発作が起こすまでは自分がこの疾患を持っていることに気づかない。1997 年に、日本でテレビのアニメ番組が 700 人以上の子どもたちを病院に搬送させる事態を招き、そのうち約 500 人が発作を引き起こした。

この事件は通称ポケモンショックとして知られ、政府の対応としては厚生省(当時)が「光感受性発作に関する臨床研究班」を発足させ、また郵政省(当時)も「放送と視聴覚機能に関する検討会」を設置するに至りました。なお、現厚労省から当時の厚生科学特別研究 光感受性発作に関する臨床研究(速報版)が、現総務省から同じく「放送と視聴覚機能に関する検討会」報告書がWebで閲覧できます。

「放送と視聴覚機能に関する検討会」報告書の第4章 映像表示手法の在り方では、イギリスの対応として以下のものが紹介されています。

(1)経 緯

ア ITCコード策定の契機

1993年4月、Golden Wonder社のカップ麺のコマーシャルを視聴していた者から、不快感を引き起こすという苦情が出たことから、独立テレビジョン委員会(Independent Television Commission 以下「ITC」という。)は番組コード及びガイダンスを策定することとなった。

(中略)

イ 策定過程

ITCは、ガイダンスの策定に当たり、PSE(Photosensitive Epilepsy:光感受性てんかん)の研究の第一人者であるハーディング教授(アストン大学)に本件の調査及び素案の作成を依頼した。 同教授は、700人以上のPSE症状発現者を対象に検査を実施し、ガイダンスの素案を作成した。

(中略)

(2)ITC番組コード及びガイダンス

イ ITCガイダンス

3 3Hz(1秒間に3回)を超える速度での光の点滅や急速変化・明滅画像は避けるべきである。(以下略)

このITCガイダンスで、1秒間に3回という基準が既に決められていた、ということになります。

そして、政府の報告書と前後して、1998年にNHKと日本民間放送連盟は共同でアニメーション等の映像手法についてというガイドラインを策定しています。この記事の執筆時点で最新のものは2020年に改訂されたものですが(1998年当時のものはInternet Archiveで見ることができます)、「映像や光の点滅は、原則として1秒間に3回を超える使用を避ける」という文言は、ITCガイダンスと同様であり、1998年に策定された当時から変わりありません。

また、上記ガイドラインで改訂のきっかけとして言及のある、ITU(国際電気通信連合)によるITU-R勧告BT.1702と呼ばれる国際標準が2005年に定められています。この勧告はITUのWebサイトから入手可能です。

これらのガイドライン等が、WCAG 2.1解説書の達成基準2.3.1 3回の閃光、又は閾値以下で記載されている

この達成基準は、英国及び諸国でテレビ放送向けに用いられている既存の仕様に基づいており

と対応するということになります。

さて、こういった決まりが存在することはわかりましたが、ではハーディング教授の調査の内容はどのようなものだったのでしょうか。前述の「放送と視聴覚機能に関する検討会」報告書では「(3)ITCガイダンス策定の根拠」では図が省略されていますが、テレビ東京の開局35周年記念事業 特別講座 「テレビが視聴者に与える身体的、社会的影響について」にて同じ図が説明とともに記載されています。

このページを要約すると、

  • 目から入る光刺激に"過敏"な体質、つまり光感受性反応の因子を持つ人が存在する
  • ハーディング教授は実際に光感受性反応の因子を持つ人を対象にテストを行った
  • 日本のテレビの放送方式(NTSC)に相当する、1秒間60回の光の点滅では、因子を持った人の15%に脳波の異常が現れた
    • テレビを見る限り、リスクをゼロにはできない
  • 15%以下の異常の比率を見ると、1秒間に3回の場合に因子を持つ人の3%が、4回は4%、5回は11%に脳波の異常が見られる
  • イギリスの貿易産業省がゲームてんかんの時に調査した結果によると、全国民で10万人で1.1人が実際に倒れている
  • 10万人分の1.1人×3%(1秒間に3回)で計算すると300万分の1になる
    • 1秒間に3回以内の光の点滅であれば、300万人に1人のリスクの確率となり、リスクとして十分抑えていると言える

となります。このようにして1秒間に3回という閾値が決められたということになります。ハーディング教授のレポートまでたどることはできませんでしたが、こうして基準が決められた経緯を調べていくと個人的には納得できるものがあり、興味深かったです。

最後に、この記事は、Webアクセシビリティに興味のある人が集っているSlackのコミュニティA11YJで閃光について話題になっていたことに着想を得ました。この場を借りて話題を提供してくださった方々にお礼申し上げます。