W3C Accessibility Guidelines (WCAG) 3.0の初期公開作業草案が発行されました

アクセシビリティ・エンジニア 中村(直)

Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.0とそのマイナーバージョンの後続として開発されている、W3C Accessibility Guidelines (WCAG) 3.0がFirst Public Working Draft(初期公開作業草案)として発行されました。

元の言葉はWeb ContentからW3Cに変更されているものの、略称は同じWCAGになっているのは、WCAGという語がWebアクセシビリティを取り巻く世界ではよく知られている証左と捉えることもできそうです。

そんなWCAG 3.0ですが、Abstract(概要)には以下の1文が記載されています。

W3C Accessibility Guidelines 3.0 is a successor to Web Content Accessibility Guidelines 2.2 [WCAG22] and previous versions, but does not deprecate these versions.

WCAG 2.2(そして2.1や2.0)を廃止するものではないとされているところがまずキーポイントと言えるでしょう。W3Cの技術仕様は新しいものが古いものを置き換えるのがよくあるパターンかと思いますが、このように前のバージョンを廃止しないと明記されているのは珍しいのではないかと思います。またWCAG 2.X(2.0~2.2のこと)とWCAG 3.0との関係性については、

While there is a lot of overlap between WCAG 2.X and WCAG 3.0, WCAG 3.0 includes additional tests and different scoring mechanisms. As a result, WCAG 3.0 is not backwards compatible with WCAG 2.X.

とされています。WCAG 2.XとWCAG 3.0は多くが重複するというのは、例えば、WCAG 3.0の7章にGuidelinesがあり、7.1としてText alternativesが挙げられていますが、これはWCAG 2.Xの1.1 Text Alternativesとまったく同じセクションのタイトルです。WCAG 3.0の7.1節のEditor's Noteでは、

We selected the Text Alternatives guideline to illustrate how WCAG 2.2 success criteria can be moved to WCAG 3.0 with minimal changes.

とあるとおり、WCAG 2.Xの達成基準1.1.1とほぼ同等のものと捉えて差し支えないでしょう。その一方で、WCAG 3.0はスコアリングメカニズム(採点の仕組み)を持つとされています。WCAG 2.Xでは、大規模なサイトでたった1つでも画像の代替テキストの不備があれば、それは即WCAG 2.Xに適合しないことを意味することになるわけです。しかしながら、WCAG 3.0では一定のスコアを獲得すれば、ざっくばらんに言うと合格することになります。なんと素晴らしいことでしょうか......!

このスコアリングメカニズムという言葉だけで飛びつきたくなるところではありますが、ではどうやってスコア付けするのでしょうか。その詳細については6章のScoringに示されており、スコアを付けるに当たっては、5章のTesting(テスト)に示されています。

細かい話については飛ばしますが、具体的に代替テキストであればどうテストするのかについては、Methodと呼ばれるWCAG 2.X達成方法集(Techniques)に似たものでテストを行っていくとあります。これもまた深くは立ち入りませんが、点数を付けるとするならば、まずはimg要素の全部の数を数え上げて、各img要素に適切なalt属性値がついているかどうかの判断をしていく、というのは容易に想像がつくところではあるでしょう。(しっかりと目を通していませんが、そのようなことが実際のMethodでは書かれていると認識しています。)

もちろん、画像はimg要素のみで実装されるものではありません。svg要素で直書きすることもあるでしょうし、CSSを用いて背景画像を挿入することも考えられます。それ以外にも画像に相当するものをWebページに挿入する方法もあるかと思いますが、ともかく画像全体のうち、何パーセントが適切な代替テキストを持っているかが判明したとします。そのパーセンテージでもって、(これもまた途中を飛ばしますが)スコアを算出する、というのが大まかな流れです。スコアは0、1、2、3、4の5段階評価になっています。

さてここまで、代替テキストに限った話をしてきたわけですが、WCAG 2.Xになじみのあるみなさんは、他にも達成基準が存在することをご存じかと思います。達成基準(success criteria)に類似するものをWCAG 3.0ではOutcomesと呼んでいますが、この達成基準相当のOutcomesはスコアを持っているわけです。このスコアを平均して一定以上の数値(現段階では3.5とされている)になってはじめて、Bronzeと呼ばれる適合レベル(WCAG 2.Xで例えて言うところのレベルAのようなもの)を満たすことになります。もちろん、レベルAAやレベルAAAに対応するようなレベルもWCAG 3.0ではあって、それぞれSilverGoldと名付けられています。

ではWCAG 3.0 BronzeはWCAG 2.XのレベルAに相当するものかと言うと、そういう話にはなっておらず、1.1のAbout WCAG 3.0では、

Content that conforms to WCAG 2.2 A & AA is expected to meet most of the minimum conformance level of this new standard but ...

という具合に、WCAG 3.0 BronzeはWCAG 2.2のレベルAAに相当するように設計されていることになります。本腰を入れてWCAG 2.Xに取り組んでいるサイトであれば、WCAG 3.0のBronzeになっていると宣言することができるかもしれませんが、これから取り組み始めるサイトにとっては、ハードルが高いのではないか、と感じています。

最後に、初期公開作業草案は、W3Cの勧告プロセスの中で勧告になることがゴールであるとすると、まだスタートラインに立ったに過ぎません。WCAG 3.0 Outcomesの上位概念になるGuidelinesのEditor's Noteにあるとおり、

These are early drafts of guidelines included to serve as initial examples.

まだWCAG 3.0のガイドラインはサンプルとして5つ挙げられているに過ぎず、単にWCAG 3.0が全体としてどのような構造になるのかを示しているに過ぎません。

そして、W3C文書に限らず、このような技術文書全般に言えることですが、議論していくにつれ、内容が初期段階と大幅に書き換わっているということも珍しくありません。ですから、遠くない将来にWCAG 3.0が勧告になったときにこの文書を読み返すと、まるで内容が違うということは多いにあり得ます。

筆者もWCAG 3.0を読み始めたばかりですので、そもそもWCAG 3.0作業草案の理解が間違っているところがあるかもしれません。なお、ここまで言及してこなかったのですが、WCAG 3.0はWCAG 2.Xと比較して、かなりわかりやすい英語で書かれています。その結果、機械翻訳にかけても、日本語として自然な翻訳結果を得ることができます。正確なところは、機械翻訳を片手にWCAG 3.0を読み進めていただくのがよいのかなと思っています。

ここまでラフにかつかいつまんでWCAG 3.0を説明してきました(そして、WCAG 3.0の全体を説明できているわけでもありません。WCAG 2.X Understandingに相当する概念にまったく触れていないのです)が、WCAG 2.Xと大胆に構造を変更していることがおわかりのことかと思います。WCAG 2.Xと比較して大規模な変更が行われるわけですから、当然WCAG 3.0が勧告になるには多くの時間が掛かることになります。現時点でWCAG 3.0を策定するAccessibility Guideline Working Groupによる勧告までの予定スケジュールは確認できないのですが、個人的な予想をここであえてするならば、次のオリンピックイヤーとなる(このコロナ禍にあって、オリンピックがどうなるのかは非常に不透明になっていますが)、2024年が勧告の最速の年になってくるかと思われます。あるいは、2025年の大阪万博が予定通り開催された時点になっても、まだWCAG 3.0は勧告の見込みが立っていないこともあるでしょう。

いずれにしても、たとえWCAG 3.0が勧告となったとしても、冒頭でも記載したとおり、WCAG 2.Xは依然として有効であると明言されています。長期的にはWCAG 3.0に移行することがあると思われますが、ガイドラインという意味では短期的にはWCAG 2.2の勧告を控えています。ですから、まずはWCAG 2.2の最終形態として、WCAG 2.1からどのような達成基準が追加されるのかというところが当面のフォーカスになってくると個人的には考えています。