Smart Communication Design Company
ホーム > ナレッジ > コラム > 2005年 > 音声サービスの原稿作成について

音声サービスの原稿作成について

2005年4月22日

プランニング&音声事業部
圓尾 博貴

不特定多数の人に、自分の考えを伝えようとするのは案外難しいものです。
「こういう表現だと、若い人になら伝わるだろうけど年配の人にはちょっと・・・」とか、「この例えは女性にしか分からないでしょ?」など。
時代と共に千変万化していく日本語。ひと昔前ならこう言えばみんな分かってくれたのに、今では通用しなくなってきている。というのが現状です。

そんな中にあっても、「最大公約数的な表現」というのは、今現在でも、もちろん存在します。
それでは「最大公約数的な表現」とは何でしょうか?
ここで私は別に、国文科的な小難しい話や、国語学者的な定義付けを書こうとしているわけではありません。私がここで言う「最大公約数的な表現」というのは、「耳だけで聞いた時、より多くの人に理解してもらえる表現」ということです。

読み手にしろ、録り手にしろ、クオリティの元となるのは、基本的に原稿ということになります。読み手からすると少しでも滑舌良く、録り手はそれを少しでも聞きやすく、そしてサービスを提供する人は少しでも多くの人に聞いてもらおうと常日頃努力をしています。
しかし、ここで忘れてはならないのは、このサービスを利用しようとする人は「原稿を持っていない」、つまり「原稿を見ずに、その人の耳だけで内容を判断・理解しなければならない」という現実です。せっかくいいものを作っても、この点をおろそかにしてしまうと、その良さが十全に伝わらず、努力しただけの見返りもなくなってしまう・・・、なんてことになりかねません。
そんなことにならない為にも、私がこれから書くことを、原稿作成の折、少しでも参考にしていただければ、そして私がこれから書くことが、少しでも皆様のお役に立てれば・・・と、思います。

ポイントはたったふたつしかありません。
まずひとつめは先ほど出て来た、「耳だけで聞いた時、より多くの人に理解してもらえる表現」ということです。

具体的な例をひとつ挙げます。「表面」、「裏面」という言葉があります。
これをナレーターに読ませる時に「ひょうめん」、「りめん」と読ませるよりも、「おもてめん」、「うらめん」と読ませた方が、より多くの人に伝わります。
また、こういう「読み替え」に限らず、表現方法を少し噛み砕いた形に直すのもひとつの手です。例えばTV画面の説明で、「高彩度」もしくは「高精彩」という言葉がよく使われますが、この言葉は目で見てはじめてその意味が理解できる、言い換えると一般の人が耳で聞いただけでは、なかなかその意味が分かり難い言葉だと思います。
このような場合、難しい表現をそのまま使って、エンドユーザーに理解されないでいるよりは、「明るさ」や「鮮明さ」というような表現にした方がより、エンドユーザーに対して親切なサービスになるのではないかと思います。

もうひとつのポイントは「一文(もしくは全体)をなるべく短めに」ということです。

先ほども書きましたが、電話でのサービスの場合、エンドユーザーは原稿(文字情報)を持っていません。ですから、ひとつの文章が流れて来た時に、その文章がいつ終わるのか分からないわけです。原稿があれば違います。原稿があれば、一文が長めのものでも終わり所が分かります。終わり所が分からないままに長いナレーションを聞くことは、エンドユーザーにとっては、やはりつらいことだと思いますし、理解もしにくいことでしょう。

正確な文章を書くことと、聞いて分かる文章を書くことは、時に二律背反的な作業になります。例えば昔からよくある言い回しで、実際の収録でも頻繁にお目にかかる「ハガキに住所・氏名・年齢・職業・電話番号を・・・」という文章。これは正確にいくと、「ハガキに、まずあなたの住所を書いて、その次にあなたのお名前を書いて・・・」等のようなとりとめのない文を、分かりやすくした典型的な例だと思います。

正確で間違いのない長い文章よりは、時として箇条書きを含めた短い言い回しの方が、聞き手に伝わりやすい時もあるのです。言文一致体の世にあっても、このような「書き言葉」、「言い言葉」的な差異が、日本語には根強く残っているのです。

もちろん原稿を作る立場の人にとっては、クライアントの意向やサービス全体の雰囲気など、いろいろと制約がある中、ベストな文言選択と判断して原稿を作成されていることとは思いますが、この2点を許される範囲で加味いただけたならば、エンドユーザーの理解度、そしてサービスのクオリティが、確実に増すことになると思います。