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NYで見つけた「伝え方」の違い UX Masterclass 2014

2014年11月14日

第七本部(UX) デザイナー
本多 菜々子

10月7日から9日にかけて、NYで行われたUX Masterclass 2014というカンファレンスに参加してきました。

私は普段、国内案件のWebデザイン/アートディレクションを担当しています。先日、デザインチームからユーザーエクスペリエンス(以下UX)チームへと移り、現在はUX視点からのデザインを学んでいます。

UXとは、製品やサービスを使用することよってユーザーが得られる「体験」のことを指しています。それを根本にしてデザインしていくということは、画面の色彩・形状を設計するだけでなく、対象ユーザーの特徴・行動から考えを巡らしデザインしていくということです。

参加中は、カンファレンスだけでなく街中でもアメリカと日本の様々な違いに驚く、まさにエクスペリエンスな三日間でした。このコラムでは、デザイナーの角度から見たアメリカと日本の表現方法の違いについて紹介していきたいと思います。

街中にあふれるデザインからコミュニケーションまで

NYで触れた、プレゼン資料や街中にあふれるデザインという視覚的なものから、コミュニケーションという目に見えないものまで、全てに共通して感じたことがあります。アメリカの表現は、目の前にいる人の関心をひき、注目を集めることがとても上手、そして日本の表現は、細やかな気配りが得意で、緻密な作業に長けている、ということでした。アメリカの魅力的な面を知る時、それは同時に日本の美しさを再発見する機会でもあり、今迄ぼんやりと感じていた日本の特徴を、より鮮明に認識することができました。

プレゼンテーションに見るスピーカーと資料の関係

まずカンファレンスに参加し驚いたのは、プレゼンテーション資料の文字情報量の少なさです。ほとんどが、日本で見るものと比べ1/5程度だったのではないでしょうか。プレゼンテーションの主役は、資料ではなく完全にスピーカーでした。後ろに大きく映し出されている資料も、彼らを引き立てる背景のようでした。スピーカーからも、豊富なジェスチャーを交えたり、突然参加型のクイズを投げかけたりと、観客の視線を集める様々な工夫が見受けられました。実際、オーディエンスの目線はほとんどスピーカーを見ていたように思います。

対して日本の場合は、プレゼンテーションの資料の文字情報量は膨大です。概要や、例、まとめまでしっかりと記載され、資料だけでも価値があるのではないかというほど、完璧な作りになっているものも多く見られます。これらは、資料だけでも内容を全て理解できるので後から共有できる、という利点もあります。資料の完成度が高いこともあり、スピーカーは資料の内容を口頭で補足しているイメージではないでしょうか。そのため、オーディエンスの目線は資料とスピーカーを交互に見ますが、やや資料の方が多いように感じます。アメリカに比べるとジェスチャーや観客への問いかけも控えめですが、それは国内でのプレゼンにおいて、完全に悪いこととは言えません。国内のビジネスでは、まず何より丁寧で礼儀正しいことが重んじられる傾向があるからです。

アメリカ版のプレゼンテーションから学ぶ点は多くありますが、そのままを再現することが日本において必ずいいわけではない、と言えるでしょう。

なぜお菓子売り場に洗剤? スーパーマーケットで見つけたデザインの違い

街のスーパーマーケットでは、不思議な発見をしました。お菓子売り場で見つけたパッケージについてです。商品が大量に並んでいる中でも特別目に留まりました。最初はお菓子には見えず「これは何?なぜここに洗剤が」と疑問を持ちます。しかし実際にはそれは、ガムの大量パックでした。

私がお菓子だと気付かなかった理由は、とても強い色彩と迫ってくるような大きなフォントで構成されていたこと。そして商品のイメージは省かれていたからです。日本の菓子類のパッケージはほぼ100%実際の写真やイメージイラストが載っており、カスタマーが容易に中身をイメージできます。当たり前と思っていた日本のデザインの意味を感じた瞬間でした。

また日本では、家庭内に置いていて飲食物か洗剤か判別がつきにくいものに対して、デザイン性を損なっても大きくパッケージに注意喚起を入れていることがあります。幼児が洗剤を飲食物と誤って口にする事件が大きく報道されたことも関係していますが、私はここから、日本企業のセンシティブさを感じることができました。

コミュニケーションから学んだこと

NYの街を歩いていた時のことです。突然、「I love your shoes!」と後ろから声をかけられました。私の履いていた赤いハイヒールのことでした。突然話をふられたことと、その表現のダイレクトさに驚きながら、私は「でもこれ歩きにくいんだよ」と短く返事をして恥ずかしそうにしていたら、会話はそこで終了し、瞬時に、「あ、この返答は正解じゃなかった」と気付いて落ち込んだことがありました。

「謙遜」という控えめに振る舞うことをよしとする考え方は、国内では美徳となりますが、それはこの街にはミスマッチでした。実際に自分でも気に入っている靴だということを素直に伝える方が、相手に届き、また、返しやすい形だったのだと思います。

ただ、このエラーを生身で経験したからこそ、これを生かし、次こそは!と、できることも増えていくのだと思います。

伝えたい先にいる人が異なれば、異なる伝え方があるということ

プレゼンもデザインも、人に何かを伝える/届けるアプローチ方法の1つです。届ける先には「人」が存在していて、もちろん、その「人」が違えば、表現方法も違ってきます。

日米で表現が異なる一番の理由は、やはり双方の人々の背景にあるのではないでしょうか。アメリカのような、多様な国籍や文化的背景を持つ人々の中で理解を得ようとすれば、わかりやすくパワフルな表現になっていくことは必然です。対して日本は、ほぼ単一民族で構成されているため、「空気を察する」「暗黙の了解」というような文化が根付いています。だからこそ、ディテールの追求や、よりきめ細かな気配りが重視され、発展してきたのだと思います。

今回気付いたことは、どちらが優れているということではなく、異なるユーザーによって異なる主観があり、それに対して二つの伝え方が存在するということです。大事なのは、それぞれの特徴を学び、今後、それらの知識を必要に応じて引き出せるようになることです。はじめは理解できなかった他国の文化も、新たな視点や方法として自分のインプットとなり、今後の仕事の大きなサポートとなってくれるはずです。

デザイナーは、ともすれば作業の楽しさに夢中になって自分の手元ばかりにフォーカスしがちな職業ですが、こうやって知らなかったことを1つずつ知っていく「手元以外の勉強」が、見た目だけでなくユーザー体験まで彩れるようなデザイン制作へと繋がっていくと信じています。

これからも新たなインプットを増やし続け、様々なユーザーに対してポジティブな「エクスペリエンス」を届けられるようなデザイナーへと成長していきたいと思っています。