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HCD-Netフォーラム2018参加レポート(4) ~基調講演1『不便益の研究』~


UXエバンジェリスト 金山

前回までは、HCD-Netフォーラム2018のオープニングパネルを3回に分けてお伝えしてきました。今回からは、3つの基調講演を順に取り上げます。1つ目は『不便益の研究』です。

不便益とは「手間がかかったり頭を使わねばならなかったからこそ得られた益」のことです。講師の京都大学大学院横断教育プログラム推進センター デザイン学リーディング大学院特定教授の川上 浩司(かわかみ ひろし)氏は、不便益について長年研究されています。私は、モノやサービスを使いやすくすることで利用者にとっての益を得ようとするのが定石だと考えていたので真逆に見える考え方でしたが、便利にすることが本当に有益なのかどうか、考え直すよい機会になりました。

便利にすることで失われるもの(便利害)

モノやサービスを使いやすく便利にすることで逆に失ってしまうものもあるとのことで、デジカメの例(失敗を恐れなくなったのでフィルム式カメラのような一写入魂の緊張感がなくなり、決定的な瞬間を捉えた写真が撮れなくなった)になるほどと思いました。あらためて考えてみると思い当たることが自分の身の周りにいくつもありました。

知らない場所にでかける時は「ナビアプリ」が案内してくれるので、ナビの指示に従っていれば目的地に到着できてしまいます。その結果、ナビに頼りきって画面しか見なくなり、道を全然覚えなくなってしまいました。つい最近スマホアプリでレストランを予約して、アプリのナビ機能を使ったのですが、地図上の位置登録が間違っており、かなり苦労してやっとの思いでたどり着くことができました。住所から地図上で経路を確認しておけば、多少道を間違っても周りの景色からすぐにリカバリーできたでしょうし、近辺の地理にも詳しくなって新しいお店を開拓できていたかもしれません。スムーズに目的地へたどり着ける便利さを得たことで、土地勘やトラブル対応能力を低下させていたと言えるのではないでしょうか。

PCやスマホで文章を書く時は「かな漢字変換」を使うので、漢字を書く機会がほとんどなくなりました。その結果、打ち合わせなどでホワイトボードに漢字を書こうとすると、度忘れして書けないこともあります。小学校の頃、あんなに手書きで練習して覚えたはずなのに、読めるけど書けなくなってしまっています。漢字検定のように難しい漢字を覚えることを新たなモチベーションにすると言った工夫が必要になってきています。

自分が開発に携わっていた「電子技術者向けソフトウェア」の改善案として、手間なく・間違いなくガイドに沿って作業できるコンセプトのプロトタイプを試してみてもらったところ、「自分で自由に操ることができて痒いところに手が届く道具が欲しいんだ」といった指摘をされてしまいました。自分が思ったように道具を使いこなしたい職人的な人にとっては、便利になると思って追加したガイド機能は、逆に自由度を奪ってしまうため改悪になってしまったようです。

思いついた例は、どれも人間(の能力)を退化させてしまう側面もあることに気づき、便利さと失うもののトレードオフをしっかりと考えておくべきであると感じました。

不便にすることで得られるもの(不便益)

不便にすることで益が得られた事例がいくつか紹介されました。代表的な1つが工場の組立工程における「セル生産方式」です。生産性をあげるために分業制を敷く工場が多い中、セル生産方式にすると1人ですべての組み立てを行うため、覚えることが膨大になってしまいます。しかし、その困難を乗り越えると、自分1人で組み立てられることが自信となり、モチベーションがあがってスキルアップにもつながったとのことでした。その他、ホテルの立地を意図的に悪くして渡し船で行くことで秘境感を出したり、営業マンがレポートを登録したら通知メールが届いていた状況を「あれどうなってるボタン」を押さないとレポートを取得できなくすることでマネージャーに主体性を持たせたり、不便益の事例が紹介されました。

では、不便益を発案するにはどのように考えればよいのでしょうか。川上氏は、不便益システム研究所のサイトで、不便益カードを公開されています。不便益にする原理と不便から得られる益をカード形式で紹介したものです。「益の得やすい不便12種」のカードの中には、「操作数を多くせよ」「時間がかかるようにせよ」「疲れさせよ」と言ったユーザビリティ的には真逆の不便のヒントが書かれています。「不便から得られる益8種」のカードの中には、「能力低下を防ぐ」「工夫できる」「俺だけ感がある」などの益が書かれています。

川上氏の不便益に関する分析から私がキーになると感じたのは「自己肯定(自分はできる)感」です。そして「仕組みが明快で使い方に自由度がある道具」を用意して、工夫しながら時間をかけて習熟するすることで自己肯定感が醸成されていきます。何でもAI(人工知能)やロボットに取って代わられようとしている時代ですが、人間が先端技術を道具として使いこなし、自己肯定感を持って仕事や生活ができることが、本来あるべき姿なのではないかと感じました。

まとめ

不便益と言う意表をつかれた話題が基調講演のトップで紹介され、あらためて「人間にとっての利益とは何か」を考え直すことができました。利便性や効率を追求する姿勢は大事ですが、本来の目的に合っているかをしっかりと見据えなければならないと感じました。

次回は、2つ目の基調講演『使われるプロダクト開発の秘訣』についてレポートする予定です。

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